秋祭の日、その最高潮時に、神社の石段を追い落とされる具合に、壊す人のみがよくそれと格闘しえたかと思われるほどの、巨大な黒牛が走り降りる。
この「犬曳き屋」が五十日戦争初期に殺されたのである以上、僕が自分の眼で、大きい荷箱がハンドル前についた自転車を、鳥打ち帽にニッカーボッカーで漕ぐ「犬曳き屋」と、その自転車を肩から胸にかけた刺子の赤い帯で曳く、大きい犬を見たように感じるのは錯覚にほかならない。
H2「犬曳き屋」は、この短い赤毛の大きい犬に自転車を曳かせて、谷間から「在」を往来する人間であった。
それは「犬曳き屋」が、人びとの思いもかけなかったほど深くその家族と犬とを愛している、情のこまやかな人間であったことを示す現象であって、五十日戦争を戦う原生林の中のわれわれの土地の人びとに感銘を呼びおこした。

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H3そのうちにも淡い人影はさらに希薄になって消滅してしまったのだが。
「犬曳き屋」は勇敢に戦って俘虜になったと、遊撃隊の戦友たちは報告したが、かれは捕らえられる前に銃撃を受けた模様であるから、残念なことだが盆地の斥候の眼のとどかぬ所で、すでに死んでしまったのだろう。